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古文書
2026/01/15
往来手形㉒

原文

         往来一札
               大坂堂嶋裏町
                 加賀屋仁右衛門悴
                       徳願
右者代々御當山門徒二紛無之候然ル処今般
宗祖聖人御旧跡巡拝致候二付国々御関所無滞
御通し可被成遣候若病死致候節ハ御當山江御届不及
其処之御作法二御取計ひ可被下候依而往来一札如件
               本願寺御門跡御兼帯所
  嘉永三庚戌年              圓満寺
      四月

    国々
     御関所
      御役人中

書き下し文

         往来一札
               大坂堂嶋裏町
                 加賀屋仁右衛門悴
                       徳願
右は代々御當山門徒に紛れ無く之候 然る処今般
宗祖聖人御旧跡巡拝致し候に付 国々御関所滞り無く
御通し成し遣わさるべく候 若し病死致し候節は 御當山へ御届け及ばず
其処の御作法に御取り計らい下さるべく候 依って往来一札件の如し
               本願寺御門跡御兼帯所
  嘉永三庚戌年              圓満寺
      四月

    国々
     御関所
      御役人中

解説

 一八五〇(嘉永三)年四月に、圓満寺門徒堂嶋裏町の加賀屋仁右衛門の息子・徳願が宗祖親鸞聖人の御旧跡巡拝のため往来手形が必要となり、圓満寺から発行されたものである。
 他の往来手形同様関所等の滞りなき通過と、巡拝中に万一病死等があればその地の作法で葬儀を行うよう要請している。
 この往来手形が圓満寺に現存しているということは、無事に帰宅してこの手形を圓満寺へ持参したためと考えられる。